「企業にはストーリーテリングが大事だ」とよく聞きます。しかし具体的な手法が体系的に解説されているコンテンツがあまりなく、うまく使いこなしているケースは少ないと思います。
やりかたは色々あるとは思いますが、ストーリーテリングな文章を生み出すフレームワーク「ABT法(And, But, Therefore)」についてSocial Media Marketing World(ソーシャルメディアマーケティングワールド)で講演があったので解説を足しながら少し紹介します。スピーカーはABT法を掘り下げてビジネスストーリーストラテジストとして活躍されているパーク・ハウウェル(Park Howell)。誰もが知ってる有名ブランドコカコーラやDellなどのストーリーテリングを支援してきた人物です。講演タイトルは「ストーリーを活用する:少しの言葉でより多くうる方法(Using Story: How to Sell More by Saying Less by Park Howell)」です。
一見シンプルなライティングのフレームワークに見えるABT法ですが、実は奥が深く、ちゃんと理解した上で実践すればかなりストーリーテリングが上達するのではないかと感じました。
講演では英語ではありますが本当にたくさんの事例が出てきたので理解しやすかったです!
「ABT法」でストーリーテリングを構築しよう脳
ABT法は、And, But, Thereforeの頭文字をとったものです。
And:そして
But:しかし
Therefore:したがって
一見、こんなシンプルな内容で本当にストーリーテリングできるの?と思いそうですが、いくつか事例を見た限りではABTを意識して使いこなせると誰でもある程度のストーリーが作れるなと感じました。情報を簡潔にわかりやすく、そしてつながりが読み取れる文章になります。
もちろん文章において「何を」伝えるかが一番大事ですが、同じくらい「どう」伝えるかに気を遣わなければなりません。内容は同じことを伝えようとしても、ABTで一瞬考えてみると思考がぐっと深まる感覚があります。
ストーリーって言うとたいそうなものに聞こえますが、企業メッセージだったり商品紹介だったりコピーライティングにすごく使えると思います。
よく人を惹きつける文章には「数字を入れるのが大事だ!」と言われますが、スピーカーによると一概に言えないと。数字はもちろん大事だけど、ストーリーの文脈を整える方が大事だと言っていました。特にBtoBマーケティングでは、論理と理性に囚われ過ぎていて「数字は売れる!」数字第一主義みたいになっていると警告しています。
ABT法は多くのストーリー(物語)で使われている
具体的な文章で見た方が理解が早いと思うので、まずは簡単に例を紹介します。ABTは人を惹きつける手法として実は誰もが知ってるような童話、映画、テレビ番組、広告などさまざまなメディアでよく使われています。
アメリカの有名な心理学者ジョナサン・ハイトによると、「脳はストーリープロセッサ。ロジックプロセッサではない。」んですって。だからストーリーテリングには人を惹きつけるパワーがあると。
有名な例で言うと例えば、
- 映画「ファインディング・ニモ」
- And: 海の世界は美しい。
- But: マーリンは息子のニモを失ってしまう。
- Therefore: マーリンはニモを見つけ出すために冒険に出発する。
- 映画「スターウォーズ」
- And: 銀河は平和だが、帝国が台頭してきている。
- But: ダークサイドの力が増しており、反乱軍が立ち上がる。
- Therefore: 反乱軍は帝国に立ち向かう決意をする。
- 広告 Nikeのスローガン”Just Do It”
- And: あなたには無限の可能性がある。
- But: でも、努力と決断が必要です。
- Therefore: だから、今すぐ行動に移しましょう。Just Do It。
- 有名なリンカーンのゲティスバーグ演説八十七年前、われわれの父祖たちは、自由の精神にはぐぐまれ、[And] すべての人は平等につくられているという信条に献げられた、新しい国家を、この大陸に打ち建てました。[But] 現在われわれは一大国内戦争のさなかにあり、これによりこの国家が、あるいはまた、このような精神にはぐくまれ、このように献げられたあらゆる国家が、永続できるか否いなかの試練を受けているわけであります。……[Therefore] 戦死者の死をむだに終らしめないように、われらがここで堅く決心するため、またこの国家をして、神のもとに、新しく自由の誕生をなさしめるため、そして人民の、人民による、人民のための、政治を地上から絶滅させないため、であります。
※日本語訳は高木八尺・斎藤光訳「リンカーン演説集」からお借りしています。
どうでしょう?かなり短い文章ではありますが、何かが始まるようなワクワク感が湧きませんか?
「もっと企業例を知りたいよー!」という方、後ほど具体的な企業のABT事例を紹介しますね。まずはABTの構造について理解しましょう。
ABTの構造
- And(そして): セットアップ
- ポジティブな状況や情報を導入します。これは「ある時、ある場所で」といったストーリーの背景を提供する部分です。オーディエンスに肯定的なイメージを伝え、興味を引きます。
- But(しかし): 問題を示す
- ストーリーの転換点であり、問題や課題を導入します。この部分では、オーディエンスに対して課題や障害が存在することを示します。この要素はストーリーに緊張感をもたらし、関心を引き続けます。
- Therefore(したがって): 解決策を示す
- ストーリーの解決策や結論を導入します。この部分では、問題や課題を解決する方法や、望ましい結果に焦点を当てます。オーディエンスにとって価値のある情報を提供し、ストーリーをまとめます。
スピーカーがフレームワークとして提示していたのがこちら。該当のものを当てはめていけば、自分のビジネスの価値を改めて定義できそうです。
実際の例を見てみましょう。これは、スピーカーが販売しているABTトレーニングに関するメッセージです。
あなたと私は視覚的な生き物です。[And] 私たちが鮮明なストーリーを語るのは、心のスクリーンに消えないイメージを映し出すためです。人々が私たちと同じように世界を見ることができるように。
[But] しかし、ストーリーテリングは難しいです。意図的にそう語ろうとしないとしない限り。 [Therfore] したがって、この魔法のような小さなハンドブックを見つけた人は、おそらくビジネス・オブ・ストーリーの基調講演やマスタークラスで、ストーリーテリングの応用科学と妖術を学んでいることでしょう。このガイドブックは、想像力をかき立て、聴衆とつながり、行動を起こさせるようなストーリーを作り、伝える方法を紹介する。想像してみてください。
原文が英語なので少し文章が変わっていますが、全体の構造は見えてくるはずです。まずはストーリーの基礎をセットアップして、課題を語り。解決策を提示するという流れです。
これまでたくさんのコピーを見てきた経験から言うと、Andを一生懸命たくさん伝えようとするケースが多いのではないかなと思います。「これもすごくて、あれもすごくて、それも…」(AAA構造)というような。それだと単調になってしまうので、オーディエンスはつまらないと思ってしまいます。
ここからは、ABTを使いこなすために知っておくべきことを紹介します。
あなたのブランドはストーリーの中心ではない
ストーリーは常にオーディエンスが主役です。あなたのブランド、商品やサービスはストーリーの中心にはなりません。その理由は単純で、オーディエンスはそんなこと全く気にしていないからです。気になるのはあなたが自分のために具体的に何ができるのかだけ。
ストーリーテリングというと、ブランドの背景だったり過去の失敗だったりをさらけだすようなイメージがあるかもしれません。でもそれが刺さるのって限られた層なんです。より多くのターゲットを魅了するストーリーティングに重要なのは「オーディエンスの視点でストーリーを語ること」です。
つまり、ABTを使うにはまず
- オーディエンスが誰なのかを理解する
- 彼らが人生で何を望んでいるのか、それがなぜ重要なのかを理解する
- その望んでいるものをなぜ今持っていないのかに共感を示す
こうアプローチしていくことでオーディエンスとの信頼関係が築かれていきます。
商品だったりサービスだったり、オーディエンスが望むものをあなたが代わりに時間をかけて作ってきたわけです。信頼ができた上で提案してあげれば価値を感じてもらえるはずです。
Butのすぐ後に感情を表現する
オーディエンスを惹きつけるテクニックとして、「Butのすぐ後に感情を表現する」というのが紹介されていました。ストーリーの例を見てみましょう。
昔々、クマがコテージに住んでいて [And] はちみつが大好きでした。
[But] クマは森の中で全くはちみつを見つけられなかったので、とても悲しくてお腹も空いていました。
[Therefore] クマは銀行を襲ってお金を奪い、Kroger(スーパーマーケット)ではちみつを買いました。
昔々、クマがコテージに住んでいて [And] はちみつが大好きでした。
[But] クマはとても悲しくてお腹も空いていました。森の中で全くはちみつを見つけられなかったからです。
[Therefore] クマは銀行を襲ってお金を奪い、Kroger(スーパーマーケット)ではちみつを買いました。
変わった点は、Butのすぐ後の文章を入れ替えただけです。
それだけなのに、見比べてみると確かに「前向きな始まりだったのになんで悲しいの!?」と続きが気になってきます。
要素を並べ替えるだけでストーリーは進化する
今すでにあるメッセージをほぼ変えず要素をABTに沿って並べ替えるだけでも効果を発揮します。こちらも例を見てみましょう。
マーケターは長年、ブランド投資をビジネスの成果につなげるのに苦労してきました。
その結果、ビジネスリーダーは、不完全で古いデータに基づいた推測ゲームを強いられてきたのです。
だから私たちは世界で唯一のブランド予測テクノロジーを開発したのです。ブランド・エクイティを構築し、収益成長を加速させ、企業価値を高めるために必要なブレークスルーです。
[And] 成功しているブランドは、ブランド投資をビジネスの成果に結びつけています。
[But] しかし、ほとんどのビジネスリーダーは苦戦しています。不完全で古いデータに基づいて推測ゲームをしているためです。
[Now] さあ今、あなたはブランド・エクイティを構築し、収益成長を加速させ、企業価値を高めることができます。BERA社の世界唯一のブランド予測テクノロジーがあれば。
主な変更点をまとめると、
- and部分を前向きな表現に変える
- Butのすぐあとに感情的な表現を持ってくる
- 今回については英語とThereforeをNowに書き換える
- Therefore (Now)のすぐあとに顧客の求めるものを持ってくる
文章が大きく変わったわけではないですが、メッセージ性が強くなった感覚があります。日本語に翻訳しているので伝わりにくいかもしれないですが、英語だとそれは顕著に感じます。あとは端的にわかりやすくなったように思いませんか。
さいごに
複雑な文章だとか、パッとみて魅力が伝わってこない文章をABTに沿って書き直してみるのはいい手だなと感じました!実際、ソーシャルメディアでシェアしようとしていた文章を試しにABTに当てはめたら、抜けてる部分が明らかになりました。ちゃんと考えた文章のはずでもわりと抜けてるものだなと。ABTに沿って書き直したらもっと良い文章になった気がします。文章を書くための思考を整理するのにABTはかなり使えると思います!
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